映画製作と表現

その昔『大日本帝国』という映画自体は脚本を書いた笠原という人がバリバリの左翼で、内容も実は左翼的な映画を制作したとき(特に天皇批判の台詞)をぼかした感じにし、反米的なシーンも
加えたことから、正反対の右翼的な解釈をすることも可能となっ
てしまいます。また、公開時期と上述の教科書問題とが重なった
ことから左翼・市民団体が過敏な反応をするようになり、タイト
ル自体が右翼的であるということで批判を行います。特に日本
共産党などは機関紙でこの映画の批判を展開します。
教科書問題と左翼の「日本は右傾化している」という思い込みが
彼らをそういう行動に駆り立てたのでしょう。
人間というのは自分の見たいように物事を見る生き物ですから。
これは映画製作当時に起こった教科書問題が影響したものです。
映画の公開は1982年8月でしたが、その2ヶ月前の1982年6月に、
文部省が教科書検定で「華北へ侵略」を「華北に進出」に変え
させたとする誤報が報じられました。これに中国政府が反応して、日本の右傾化が批判され、外交問題に発展したのです。
教科書問題と左翼の「日本は右傾化している」という思い込みが
彼らをそういう行動に駆り立てたのでしょう。
人間というのは自分の見たいように物事を見る生き物ですから。
まずいところがあるとすれば、それは教科書問題の時期に公開が
ぶつかってしまった運の悪さ、天皇批判をぼかしたことで解釈の
幅が広がってしまったことでしょう。